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ルーシー・リーの器

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昨年の暮れ、庭園美術館へ出かけたときに鮮やかなコバルト色の器が目に飛び込んできた。

ルーシー・リー(Lucie Rie)回顧展のパンフレット。

来年(2010年)4月28日~6月21日、国立新美術館

まだまだ先よ、な~んて油断していると気づいた時は終っていたりする。

これは見逃せない。

夜間まで開いている金曜日、仕事帰りに立ち寄った。

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年代順に展示された器の数々も、

陶器でできた「ルーシーのボタン」も、

美しい。

期待をはるかに越えた素晴らしい作品展だった。

1950年代の線文の器が気に入った。

陶器のボタンもファッショナブルで素晴らしい。

これ、帯留にしたら素敵だろうなあ、なんて思わず現実的な空想をめぐらしてしまう。

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揺らぎと直線、プリミティヴとモダン、素朴と洗練、親しみと厳しさ…

この人の器はそんな両軸を同時に併せ持っているみたい。

造形的にもかなり極端だ。

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口が大きく開いた花器、高台が小さく高すぎるような鉢は一見アンバランスのようにも思える。

ただし不安感はまったくない。

今回の展示でいちばんの注目はやはり70年代以降の円熟期の鉢だ。

ルーシーの器に特徴的な朝顔型のフォルム、

ブロンズ、コバルト、イエロー、釉薬の色の美しさにしばし息をのむ。

とりわけ魅かれたのはピンクだ。

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この色にはなんだかとても親しみを感じる。

これは西洋のピンクじゃない…

色だけではない。

お茶碗や小鉢、ぐい呑みのような形の器は日本の家庭の食卓に並んでいても違和感がないだろう。

作りが薄すぎる、形が斬新すぎるなど時の巨匠、バーナード・リーチからは評価されなかった(にもかかわらず、彼はずっとルーシーを支援したのだけれど)そうだ。

生きた時代から逃れられないのは誰しもだが後年のルーシーは自分の作風がどの派に属するかなど興味のないこと、芸術論や解釈にも無関心だった。

彼女にとって唯一意味があるのは「美」。

そんな揺るぎない創作哲学がいたって普通で決して普通ではない普遍的な美しさを次々と生み出していったのだろうか。

見終えた後、なんとも心豊かにさせてくれる今回の回顧展だった。

☆小さく参加…☆

ひょんなことから陶芸を習った。

かれこれ20年近く前になる。

いかにも陶器らしいぽってりとした厚手のものを好んで作った。

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その中では珍しい薄手、朝顔をイメージして形作ったあと削りに削った。

当時ルーシーのことは知らなかったからパクリじゃないな、少なくとも。

だけどこの違い、凡才はただ溜息…

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