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2009年10月

お香

10月も残り少なになってしまった。

11月など飛ぶように過ぎて、今年もまたあたふたと12月つまり1年が終る!…のは目に見えているぅ…

公私ともになにかが終ればまた次が、下手するとそれまで以上にパワーアップしてやってくる。

だから余計に一区切り?

うん、ここはいったん強制終了といくか。

そんなときは自分にプレゼントが一番と都合よく決め込み選んだのはCDと本とお香。

Ko

お香…白檀、加羅、丁子、歯医者さんの詰め薬のようなと言えなくもないこんな匂いがなんで好きなのかはわからないけど妙に落ち着く。

そしてあの香りをかぐと中学の修学旅行で初めて訪れた京都へと記憶がジャンプする。

聞香に手を出すほどではないが、時たまふらり~とお香が欲しくなってしまう。

今回は京都の老舗山田松香木店のものを選んでみた。

Kakekou

スティックタイプの室内香はオーソドックスな「沈香」。

匂い袋にしてはちと大振りなのは「掛け香」で、室内やクローゼットなどに吊るして楽しむもの。

Bocyu

きものを着るようになってからは防虫香も必需品だ。

これまでは「香十」のものを使っていたけど、今回は山田松の2種類のうちのふくよかな香りの方を試しに使ってみることにした。

香り=匂い、と思うが仏教ではこの「匂い」は鮮やかな色彩コントラストを意味するのだそうだ。へえ~。

さてさて届いた柿でも食しながら、音と香りで五感に栄養を与えてあげましょか。

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佐渡の柿

20091028202840

佐渡から柿が届きました。

「おけさ柿」というのはブランド名で、平核無(ヒラタネナシ)という種類だそうです。

昨年初めて送っていただいたところ、じんわ~りとした甘さがとっても美味しくて今年もお願いしました。

渋柿は今は炭酸ガスで渋抜きをするのが一般的だそうですが、ここは昔ながらのお酒を使って。

お酒でさわした(渋抜き)というそうです。

さっそく1個、渋も抜けてつるりとまろやかな甘さが美味!

ところで全くの余談です。

これを届けてくれたヤマトのお兄さん、さっそく検品に出て来た猫を見るやそのまま玄関先でしばし猫談議。

よっぽど好きなんだろうなあ。次の機会もまた担当だとよいですね♪

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ハイドン「天地創造」

日曜日、杉並公会堂で行われた弥生室内管弦楽団のコンサートへ出かけた。

前日からの雨はあがったものの、まるで冬みたいに寒~~い日。

もう一枚着てくるんだったと思いつつ荻窪の駅から歩くうちに到着。すっかり綺麗になってしまって危うく通り過ごすところだった。

受付まで上がって知った顔を捜す。

いない。早すぎたかしら。

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この楽団はもとは千葉大卒のメンバーによってつくられたアマチュア楽団で今は他大学出身者も、また普段は会社員、学校の先生、主婦など職業もまちまちだ(考えてみたら、地域、大学、企業などプロでない楽団の方が圧倒的に多いのよね)。

ここの団員のひとりが高校時代のクラブの先輩で彼も生業は医者だ。

受け持つパートは2ndバイオリン。

ふつう「あの曲」といって誰もが思い浮かべるメロディーを奏でるのは専ら1stの役割で2ndはいわば裏方、ただし微妙なリズムやテンポなどを支配するのはむしろこちらだ。

う~ん、やっぱり。らしい…

本業の医者も黒子でありながら、その実殺生与奪を握る麻酔医を選んだ人である。

楽器をやっても同じところに嵌るからおかしい。

この日の演目は今年没後200年のハイドンのオラトリオ「天地創造」、35曲の大曲だ。

アンコールにはこれまた生誕250年のヘンデルの「ハレルヤコーラス」。

今日のプログラムは偶然とはいえ、このところずっと聴き続けた聖なる歌を締めくくってもらったようでちょっと感慨深い。

演奏後は集まった仲間たちと久しぶりに渋谷のロゴスキーで食事をしながら、みんな新型インフルのワクチン裏情報をしっかりチェック!

♪楽しい一日でした♪

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秋のコーディネート

Hanakago_2

四季折々を写した花鳥風月、松竹梅や鶴亀などおめでたい吉祥模様、金糸銀糸の縫取りや総刺繍、絞りにぼかし…

和の装いでは当たり前にある表現や技法です。

今や何でもあり的洋服の世界でもさすがに鰹縞のスーツとか裾模様や絵羽付けのトレンチコートなんて、まさか~~

そのまさかをいとも簡単に全身に纏ってしまう着物とは!

やはりタダモノにあらず…世の衣装の中でも稀有な存在にちがいありません。

だからやっぱり着物らしい着物といえば古典柄や絵画的な模様に尽きるのかもしれませんねえ。

実を申せば私自身が憧れるのもそうした着物や柄on柄の組み合わせ、それも中途半端じゃなく、思いっきりの(日頃の出でたちを知っている方々には意外かもしれませんが)。

Kanze

楽しいし、着物ならではの一番の醍醐味だから。

ただ難しい。柄の大小、無地場と柄の分量や比率、柄同士の共通性など。

加えて自分の個性や雰囲気に合うかどうか。

それ自体は完璧な組み合わせでもそこに自分の顔や肌の色、体型が入るわけですよ…という、これは組み合わせ以前の基本的問題。

そしてさらに現代の環境。

ガラスや鉄骨の高層建築に取り囲まれ、まるでカラスの群れのような黒いビジネススーツの男女が闊歩する現代の都市では、古典的趣味のままの和服姿では相当に浮いてしまいます(それを逆手に敢えて浮くことでもてはやされるのが儀式の着物(成人式や結婚式)やアンティーク着物か)。

…と、トータルに考えたところ、私自身の落ち着く先はやはりシンプルモダン、シンプルシック(なんだ、結局洋服といっしょじゃないか(笑))。

Koshi_2

着ている本人も違和感がなく、また周囲の環境とも馴染むよう…

縞や格子、細かな柄や飛び柄の小紋など、無地ふうな着物を選んでみます。

土台の着物が地味だから帯は何でもあり。

織でも染でも、柄ゆきも古典からモダンまで、こってりあっさり、思いっきりポップなものなど。

個性や気分の赴くままに選んで組み合わせてみます。

ややこしい格などはこの際二の次に、一番に気をつけるべきは全体的な色のまとまり。

派手でも地味でもそれなりに色が調和して、全体として統一感があることがすっきり洗練の秘訣です。

ただし地味無地だからといってゆめゆめ凡庸にならなぬよう。無難・平凡とシンプルとはまったく違います!

ということで、あくまで私的趣味のコーディネート例を。

今回は濃紺地の久留米絣です。

晩秋に向かうこれからの季節にはちょっと暖か味のある木綿の肌触りがしっくりきます。

Minser

(普段着バージョン)

普段着には半巾帯や付け帯(二部式の帯)でとにかく簡単に。

ミンサー帯なら素材感・雰囲気とも文句なし!

Ichimatsu

ざっくりした市松織りの紬半巾帯で素朴な組み合わせ

(手拭の端っこにまたまた尻尾参加してました)

Ajiro

算崩しの帯はテキスタイル地の付け帯

厚みがあるので補正も要らない?!

Azami_2

(外出バージョン)

名古屋帯でお太鼓なら気軽なお出かけにも。

薊を唐草風にしたローケツ染めの帯は縮緬きものからのリメイクです。

3dan

三色段柄の帯。これもテキスタイル地の付け帯です。

焚き火の匂いがしてきそう…

Arimatsu

有松絞りの帯 

紺地に鮮やかな緑の組み合わせが個性的

☆今後も季節ごと・テーマごとにできる限り…できれば…まあ、思いつきの不定期になる可能性大ですがコーディネート例を連載していきたいと思います。

今回は定石「着物一枚に帯3本」です。

着物は帯によってガラリと雰囲気が変わります。

織と染、カジュアルな八寸帯からフォーマルな袋帯まで、帯の格や色柄の雰囲気を変えて着用の場を使い分けることができます。

帯は着物のようにマイサイズを気にする必要もなく、手入れの手間や保管場所も取られないなど、いろいろな観点からもこの「着物一枚に帯3本」はやはり合理的といえるでしょう。

きものの小径

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タンゴという猫

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猫の後ろ姿やパーツに魅かれるのは古今東西、猫好き人間の共通点である。

ということで、今日は後ろ姿。キュート。

たぶんこのブログで登場回数(尻尾も含めて)がいちばん多いのは猫のタンゴではないだろうか。

「変な子」(…猫はみんな変なのだけれど)だ。

今いる3匹の中で学習能力は明らかに最下位である。

ドアの開閉も押したり引いたりの別がわからなくてすべて押して閉めてしまうクチだ。

昔、プチブーケにアレンジメントされていた麦の穂を細い葉っぱと思って食べ、死ぬかと思うほど咳こんでいた。

ドジ。そして実に間の悪い子である。

きものを広げると条件反射のように必ず寄ってくるが、つい先日もそこでいきなりゲロッ。

畳紙の上だったからよかったものの、さすがに焦りましたよ。

Fc

しかし!

「ばかな子ほど愛おしい」のも母心。それもまた人の世といっしょだ。

まあ、こんな子ほかに誰が面倒みてくれるといったところでもあるけど。

Ht

もうすぐお誕生日(拾った日)、なんだかんだの9年目に。

ずっとそのまんまのタンゴでいいからね。

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休日は木綿きもので

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休日の一日、久しぶりに目いっぱい家にいたのできものにしてみました。

10月半ばを過ぎてもまだ暑いし、いろいろやらなきゃいけないこともあるので、木綿きものをサクッと。

持っているなかでおそらく最もメロウな配色かもしれませんねえ。

片貝木綿です。

帯はユザワヤさんで買った和更紗の木綿を叔母に半巾に仕立ててもらったもの。

木綿といえば来月浅草で「木綿きものと小物」の展示・イベントがあります。

ご興味ある方はぜひ!

http://www.getaya.jp/special/0911event/index.html

きものの小径

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ロータスとかなんとか

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あれ、庭の車、こないだまで水色だったのが緑に変わってる???

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先月、武相荘へついでに寄ってもらったときの家人の用向きはコレ。

虫…

黒いエラエラのついた昆虫みたい。

正面顔はぎゃっ、青ガエル。

ロータスとかいうらしい。

ロータスは蓮の花だ。

いやはや、車に無知な人間にあってはマニアックな車もなにもあったもんじゃない、ホホホ

深緑色で、ずっと捜していたものに出会えたんだそうな。

羨ましい。

私なんて何か捜していると、捜しものより捜してないものばかりが見つかってしまうのに。

(目的直進型と寄道型のキャラの違いが出る)

ご本人、中古だし最後のオモチャとかなんとか言ってるが人間これが最後といって最後になったためしはない…ああ

そう思わない、ミエル?

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「車?私、どうせ乗らないし、チーズもらったほうがいいかニャ」

あ、そう。

ま、キミの関心はいつでも食べ物だもんね。

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ついでに猫移動用にはこちら。緑好きだ。

ともあれ、そんなこんなでブログ開設以来初登場の車の話題でした。

筆者にとっては「猫に小判」、まあ存分にお楽しみくだされ。

調子に乗ってスピード出し過ぎちゃだめですよっ、ヨッ!

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きもの熱再び!

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秋の深まりとともにきもの熱が再び!

本日は久しぶりのお稽古です。

一重太鼓、二重太鼓、半巾帯ときて、あとひとつどうしてレパートリーに入れたいということでこの日は角出しをお稽古しました。

お太鼓はふっくらと丸みがあり、角がピンと張っているのが理想の形です。

最初に取る手の長さで角の出る幅が決まり、それによって残りのタレの長さも変わってきてお太鼓の形が微妙に違ってきます。

何度か練習して試しコレ!という形を見つけてください。

また、角出しを結ぶ時には帯の雰囲気や材質などにも気をつけましょう。

もともと「粋」筋の結び方ですからなごやでも袋でもやはり趣味性の高い洒落帯が適しています。

柄も最初はポイント柄より全通柄の方が結びやすいかと思います。

材質は堅すぎず柔らかすぎず、ただしある程度張りのあるものが向いているでしょう。

さて、この日は帯結びのほかに「きもの+帯+小物のコーディネート」を勉強しました。

というのも、秋とともに歌舞伎、京都旅行、きものイベントや結婚式と毎週のようにきものでお出かけの機会が!

スバラシ~ィ~♪ 

でも同時に何をどうやって組み合わせたらよいのかという悩みも出てきました。

帯や小物を変えて一枚のきものを幾通りかに着られるよう、行き先、季節、優しく柔かい感じ・都会的にシャープになど、お持ちくださった小物で実際にいろいろな例を作ってみました(画像撮り忘れ!残念)。

さあ、これで準備万端、秋からのきものを目いっぱい楽しんで下さいね!!

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着付けワンポイント!― 衿の汚れはなぜ?

着付けをしていて出てくるハテナ?

ほんのちょっとしたことだけど、けっこう由々しきことだったり…

今日はそんな問題点のひとつにワンポイント・アドバイスです。

「半衿や着物の衿にファンデーションや口紅がついてしまう」

これはよく聞く話ですね。

私自身経験がなく、1回着ただけでもというのはどうしてなのか実はよくわかりませんでした。

たまたまお稽古中にそんな話題が出て、ふとその原因に思い当たりました。

着付け、とくに帯や帯揚・帯締めなどを結ぶ際に上体が前かがみになり、顔全体が下を向いてしまって顎や唇が衿に触れているのです。

背骨を伸ばして上体は折り曲げずにまっすぐのまま、首だけ少し前に倒します。目線は下向きに。

この姿勢で着付ける分には衿に汚れはつきません。また、途中で衿元など上半身が着くずれることもありません。

いったん付いてしまったファンデーションや口紅は気になるものですし、しみ抜きに出したりすれば結局高いものになります。

「着付けはどの段階でも姿勢良く」

これが一番の秘訣!ということで本日のワンポイントでした。

きものの小径

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スターバト・マーテル

音楽はよく聴くけれど、何を聴くかはちょっとした波のようなものがある。

ジャンル、楽器、演奏家はいたってランダム、ただ時々むしょうにヴォーカルを聴きたくなることがある。

このところはずっとスタバにはまっている。

コーヒーではない。

「スターバト・マーテル(Stabat Mater)」のスタバ。中世の宗教音楽だ。

レクイエムと同じでいろいろな人が曲をつけているから誰々のレクイエム/スタバと作曲者の名前を前に付けて呼ぶ。

Perg

家にあるのは18世紀の作曲家ペルゴレージ(Pergolesi)のもの。

第1章、美しい…

Kj_2

そしてもう一枚、カール・ジェンキンス(Karl Jenkins)のスターバト・マーテル.

こちらはいうなれば中世宗教音楽の現代版か。

4章のLAMENTが秀逸。心が洗われるようなとはこんな曲をいうのだろうか。

カール・ジェンキンスって、あのアディエマス(ADIEMUS)のプロデュースをした人かあ。

Adiemus

この人の音楽をはじめて聴いたときは不思議だった。

ブルガリアン・ボイスのような地声で歌われているのは架空の言語ですって!

民族音楽のような、クラシックのような、なんだかよくわからないのに精神の奥深~くまで響いてくる…

「聖なる歌」がやはり一番ふさわしいかもしれない。

BGM的な「ながら音楽」ではなく、夜更けに部屋の灯りを落として、ひっそりと静かに聴く。心が落ち着く。

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秋の夜長

Aki2

秋の夜長の

Aki_2

もの想い…

(→そろそろ寝よか)

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武相荘

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ちょっとした白洲ブームなのだとか。

先日はテレビドラマまでやっていた。

いやたしかに、もう何年も前のことになるが書店に積まれた本の中にTシャツ姿の次郎氏の写真を見たときは、あまりの格好良さにしばし眺め入ってしまった。

ことわっておくが私は常日頃、男の「見目形」に本気で惹かれることはない。でもあの時はけっこう本気で見ていたんじゃないかと思う。

あるとき叔母の家へ行くと次郎氏の細君である正子氏の「目利き」本を叔父が熱心に読んでいた。

叔父自身絵を描き、当時の私もちょっとした、決して積極的とは言えないような理由から素人陶芸を習っていたものだから私にもその本を薦めてくれたりした。

元来、古いもの好きである。というか古くなって/古くなるほどに味の出るものに魅かれるといったほうが正確かもしれない。

街並み、建物、家具、素材なら木、紙、布裂、土もの…

だからその後、ふたりの住処である武相荘を知ってからはその命名のエスプリも含めていっそう興味を引かれるようになった。

9月の連休中、たまたま旧白洲邸のある鶴川近くへ家人の用向きで出かけたので帰りがけに寄ってもらった。

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古い茅葺き屋根の家、庭先には大きな木が一本。

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家具、敷物、多くの蔵書、そして日々日常愛着を持って使われていたであろう生活の中の様々な物たち…

財力がなければできない家である。

さりとて、財力をかければできる家でもない。

本質…

何が本当か、何が善いことか、何が美しいことか、本質を考えるとはそれらについて頭ではなく実践を通じて考え抜くこと…

先日読んだある文面が思い浮かんだ。美術工芸や民芸の本ではない、経営戦略の権威とかのビジネスコラムである。

いや、この文脈、コラム以前にも何処かにあったぞ。

そうだ、池田重子さんの「美の世界」、それからこの春学んだ着物の着こなし講座のテキストにも一脈通ずるものがあったはずだ。

Buaiso2

人にとっての真・善・美、善は善悪など道徳、法律、慣習など拠るところがある分わかりやすいかもしれない。

それに対し真と美はともに哲学の領域だ。

思考と感性、一見相反する位置にあるようで明確な基準がない点はどちらも同じだ。

基準のないものにははてさて、どう接したらよいのか。

哲学などといえば小難しいが、要は「頭ではなく実践を通じて」考え抜く、やはりそういうことではないだろうか。

たとえば着物の着こなしを例にとるなら、これはもうひたすら実践である。

甚だ私的な部分である「装い」もまたその人にとっての真・善・美とは何か?を問いかけるものといえる。

どういうふうに着たいのか、何がその人にとって美しいのか、ただ実践すればよいのではなく常にそういった意識を持つことは言うまでもない。

そのうえで納得のいくまで繰り返し、見つけること。

結局そうした経験がものをいう。

Buaiso3

 

人も時代もどんどん移り変わってゆく。

彼らが生きたのは今からほんの数十年前のことだが、その時とは比べようもないスピードで物事が進んでゆく。

時代はまさにCHANGEであり、それもまた当然のことである。

そうした変化の中で残りつづけるのは何だろう。

目先の利や一方方向に作られたり与えられたりするものではないはずだ。

やはり「ひと」を見据え、「ひと」にとっての本質を備えたもの、ではないだろうか。

パーソナルな持ち物や家だけではない、世の中の仕組みも企業・国家の戦略だって結局は同じことなのではあるまいか。

秋も深まってきたせいだろうか、つらつらとこんなことを考えさせてくれた武相荘であった。

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